前例のない時代に適応できない日本人の脳

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Gさんは大手の会社の部長です。彼も一流といわれる大学の出身者です。入社試験の面接で、会社は将来どのようにあるべきかということについて意見を求められ、面接した重役を驚かせました。理路整然卓抜した記憶力、将来の見通しのよさなど、どこから見ても素晴らしい意見でした。部署に配属されたのちも、同僚や先輩を驚かせる案を次々と述べます。誰もが、彼を将来の重役、社長候補と見ていました。意見だけではなく、実際の働き方も、夜遅くまで残業も厭わないといった、いわゆる猛烈社員の典型でした。しかし彼は、先ほどのFさんと同じく、どこか孤独を好むようなところがあり、また自分のことを他人に任すことができないところがありました。彼の部下も当時を振り返って、Gさんは、いっしょに飲みに行くのも、まるで義務のようにやっていた。慰安旅行や慰労会にも、積極的に参加して、カラオケや余興に興じてはいたが、どこかとってつけた感じであったと言っています。周りの人たちは、「あの人は忙しいし、他人とのあまりベタベタした関係を好まないから、まあ仕方がないだろう」と思っていたようです。彼は次第に昇進し、同期では最も早く部長になりました。ところが、このころからバブルがはじけはじめ、会社自体が、従来のような拡大路線一本槍ではやっていけなくなったです。

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会社の上層部も、会社を今後どのような方向に向けたらいいのか分からなくなり販売の拡張をしたいのか、付加価値をつけて、値段が高くてもよいものを売るようにしたいのか、また不動産部の焦げつきを真っ先に処理すべきなのか、もっと待っていれば、また昔のような時代になるのか、と多くの問題の中で何を目標とすればよいか分からなくなっていたのです。Gさんも、会社の上層部から、何か新しい方針を打ち出すような案を出すように言われました。ところがです。あれほどさまざまな企画や案を出しつづけていたGさんは、案を出すことができないのです。そこで部下に案を考えさせたのですが、その中のどれかを自分で決定しようとすると、どうしてよいのか分からないのです。Gさんは悩みました。会社の先輩、大学のクラブの仲間や先輩、その前の高校時代の先生にとって、Gさんは優等生で、いままでの方法ですべての問題が解決すると思っていました。自分だけが決断力がないのではなく、日本全体がそうなのではないか、と考えるにいたりました。いままでの時代は、たいていのケースにモデルが存在したし、もし決断がうまくいかなかった場合も、じっと待っていればかならず好転した幸運な時代だったのだ、と。彼は愕然としました。もしかしたら日本はいままでに経験したことのない時代に入りつつあるのではないだろうか。そして、いままでの日本の教育や育てられ方ではこの難局を解決するような脳を作ることはできないのではないだろうか。